
地域医療振興協会の再研修を受け、田子診療所に赴任してもうすぐ4年になります。
消化器外科で5年間トレーニングを受けた後、臨床から離れ大学に戻って病理医となり、その後今度は製薬企業研究所で基礎研究をしてきた私が、もう一度臨床医になりたいと思ったのは50歳を目前にしたときのことです。その製薬企業の研究所ではES細胞を使用して抗体医薬を作るなどとてもエキサイティングな仕事をしていました。ところが年齢が上がるにつれ管理の仕事が主になり、もともと私は現場が好きだったので、それなら昔の夢をかなえたいと考えるようになったのです。実は学生の頃に『俺はへき地の医者になるぞ!』と豪語していたのですね。

当時の地域医療研修センターを訪ねたところ「協会の施設を回って見てみませんか?」「とにかく行って自分で見て感じてください」と言われました。そこで六合温泉医療センター、東通村・野花菖蒲の里や揖斐郡北西部地域医療センター、西吾妻福祉病院、六合温泉医療センターなどを回り、それぞれ異なった地域性の中で特徴のあるすばらしい医療が提供されているのを目にして、非常に感銘を受けてぜひやってみたいと思いました。

臨床を離れて23年、本当にやっていけるのか不安がありましたが、指導医の先生に「もう一度研修を受けませんか」と言われて、1年間の再研修プログラムを組みました。
半年間は横須賀市立うわまち病院でジュニアの先生方と同じ部屋で1年生扱いとして机を並べ、自分が25年前に受けた研修を思い出しながらみんなと一緒に学びました。彼らの士気が非常に高く、やる気いっぱいの若手の医師と知り合えたことで私自身の気持ちも若返ってますますやる気になりました。ハーフデイバックという週1回のレクチャーのレベルがとても高く、若い頃に自分がこんな教育を受けていたら基礎の道へは進まなかったのではないかと思ったほどです。うわまち病院では小児科、整形外科、救命救急部、皮膚科をローテートしましたが、非常に層が厚く教育のメソッドがしっかりあると感じました。
後半の半年間は群馬県の西吾妻福祉病院で総合内科の研修をしました。外来、入院患者の診療、内視鏡、腹部・心エコーのほか、西吾妻福祉病院は地域中核病院としてかなり重症例を2次救急で受け入れていますので多岐にわたる疾患を数多く診ることができました。この半年間に実践的なことをいろいろ経験したことで、診療所でやっていける自信を持てるようになったと思います。
慢性疾患をもつ患者さんと身近におつき合いしながらゆっくり診ていく、そういった医療を目指していきたいと思い、再研修の後、田子診療所を選びました。この近隣には協会関連の安良里診療所やいなずさ診療所があるので、いきなり一人では少し心配だったのでサポートを得られるのも恵まれていると思いました。
また田子診療所が開設したのは私が赴任する10年ほど前ですが、田子という地域は狭いなかにみんなで肩を寄せ合って生きている地域住民の姿があり、階段が多く診療所へのアクセスが大変だということも含め、地域医療を学ぶ場としてはとてもよい環境だと思っています。歴代の診療所長が教育熱心で、ここで研修したことで地域医療を目指そうと考えた若い先生が何人もいると聞きました。私自身も一緒に勉強しながら、ここに来てくれる若い研修医を育てることに少しでも関わって行きたいと思っています。

大学卒業後外科系の研修を5年受けた後、癌のメカニズムを追究したくなり病理医となる。その後イギリスに留学してES細胞を中心に癌の遺伝子メカニズムを研究。日本に戻ってその研究を生かし抗体医薬の開発に従事。
地域医療振興協会施設の中で最も海に近い西伊豆の田子診療所に赴任。新しい職場仲間と漁師町の人々に会えワクワクした気持ちでいっぱいの毎日です。